いけないからって……一色さんいい人ですね。」
 庸三は妻の死んだ時、金を持って来てくれたり、寂しい子供たちの気分を紛らせるために、ラジオを装置してくれたりした、一色の好意も思わないわけではなかったが、何か自我的な追求心も働いていた。撞着《どうちゃく》が撞着のようにも考えられなかった。葉子への優先権というようなものをも、曖昧《あいまい》な計算のなかへそれとなく入れてもいたのであった。
 一色はタキシイを飛ばして来た。
「葉子さんいないんですてね。」
 庸三はわざと一色が知らないようなふうにして、葉子の出て行った前後の話をした。――郵便の消印のことも。
「それですと、替り目の活動館を捜すのが一番早いんだ。替わるのは木曜ですからね。あの人の行きつけは南明座ですよ。」
「南明座かしら。」
 庸三は幾度も同伴したシネマ・パレスを覗《のぞ》いてみようかと一度は思ったこともあったが、当てなしの捜索は徒《いたず》らに後の気持を寂しくするにすぎないのに気づいていた。もしかしたら誰か若い人とアベックだかも知れないという畏《おそ》れもあった。
「もしそれでも知れなかったら、私、神田の警察に懇意な男がいますか
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