な。」
 彼はまさかと思った。一色が知っているような気もしたが、黙って引き退《さが》っている一色を、年効《としがい》もなく踏みつけにしていることを考えると、そう思いたくはなかった。葉子がどういうふうに一色を言いくるめたのか――それにも触れたくはなかった。彼は強《し》いても一色を見向かないことにしていたが、一色が蔭《かげ》で嗤《わら》っているようにも思えた。あたかもそれは借金の証文を握っている友達の寛容に甘えて、わざと素知らぬふうをしていると同じような苦痛であった。
「奥さんのある人、私やっぱりいい気持しないのよ。それに一色さん有閑マダムが一人あるんですもの。」
 葉子は気休めを言っていたが、庸三の弁解には役立ちそうもなかった。それどころか、庸三は今葉子の手懸《てがか》りを一色に求めようとさえしているのだった。
「お前ちょっと一色んとこへ行って、様子を見て来てくれるといいんだけど。」
「そうですね。行ってもいいけれど……じゃちょっと電話かけてみましょうか。」
 庸太郎は近所へ電話をかけに行ったが、じきに還《かえ》って来た。
「やはり行かないらしいですね。今来るそうです。あまり心配させては
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