いつもじろじろ青年たちに顔を見られ、時とすると彼女の名をささやく声も耳にしたりするので、彼は口も利かないようにしていた。「闇《やみ》の光」、「復活」などもそこで彼女と一緒に見た無声映画であった。それに翻訳物も彼女はかなり読んでいて、話上手な薄い唇《くちびる》から、彼女なりに色づけられたそれらの作品の梗概《こうがい》を聴《き》くことも、読むのを億劫《おっくう》にしがちな庸三には、興味ある日常であった。
庸三は三丁目から電車に乗って、広小路のデパアトへ行ってみた。咲子に何か買ってやろうと思ったのだが、ひょっとしたら子供の手を引いて、葉子がそこに人形でも買っていはしないかという、莫迦《ばか》げた望みももっていたのだった。彼は狐《きつね》に憑《つ》かれた男のように、葉子の幻に取り憑かれていた。そして無論いるはずもないことに気がつくと、今度は一旦|彷徨《さまよ》い出した心に拍車がかかって、急いでそこを出ると、今度は上野駅へ行ってみるのであったが、ちょうど東北本線の急行の発車が、夜の七時何十分かのほかにないことが解《わか》ると、自分のしていることがにわかに腹立たしくなって、急いでそこを出てしまっ
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