》けた。
「私たちを送って来た従兄は、一週間も小樽に遊んでいましたの。自棄《やけ》になって毎日芸者を呼んで酒浸しになっていましたの。」
 彼女は涙をこぼした。
「このごろの私には、いっそ芸者にでもなった方がいいと思われてなりませんの。」
 戦争景気の潮がやや退《ひ》き加減の、震災の痛手に悩んでいた復興途上の東京ではあったが、まだそのころはそんなに不安の空気が漂ってはいなかった。
 多勢《おおぜい》の子供に取りまかれながら、じみな家庭生活に閉じ籠《こ》もっていた庸三は、自分の畑ではどうにもならないことも解《わか》っていたし、こうした派手々々しい、若い女性のたびたびの訪問に、二人きりの話の持ちきれないことや、襖《ふすま》一重の茶の間にいる妻の加世子《かよこ》にもきまりの悪いような気がするので、少し金まわりの好い文壇の花形を訪問してみてはどうかと、葉子に勧めたこともあった。葉子もそれを悦《よろこ》んだ。そしてだんだん渡りをつけて行ったが、それかと言って、何のこだわりもなく社交界を泳ぎまわるというほどでもなかった。
「……それにこれと思うような人は、みんな奥さん持ちですわ。」
 そこで彼女は異
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