没落の過程、最近死んだ父の愛娘《まなむすめ》であった彼女の花々しかった結婚式、かつての恋なかであり、その時の媒介者であった彼女の従兄《いとこ》の代議士と母と新郎の松川と一緒に、初めて落ち着いた松川の家庭が、思いのほか見すぼらしいもので、押入を開けると、そこには隣家の灯影《ほかげ》が差していたこと、行くとすぐ、そっくり東京のデパアトで誂《あつら》えた支度《したく》が、葉子も納得のうえで質屋へ搬《はこ》ばれてしまったこと、やっと一つ整理がついたと思うと、後からまた別口の負債が出て来たりして、二日がかりで町を騒がせたその結婚が、初めから不幸だったことなどが、来るたびに彼女の口から話された。美貌《びぼう》で才気もある葉子が、どうして小樽くんだりまで行って、そんな家庭に納まらなければならなかったか。もちろん彼女が郷里で評判のよかった帝大出の秀才松川の、町へ来た時の演説と風貌に魅惑を感じたということもあったであろうが、父が望んでいたような縁につけなかったのは、多分女学生時代の彼女のロオマンスが祟《たた》りを成していたものであろうことは、ずっと後になってから、迂闊《うかつ》の庸三にもやっと頷《うなず
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