、葉子の苦しい立場に対する客観を欠いていた。
とにかく次ぎのA――市行きを待って、葉子も朗らかに乗りこんだ。そして東京行きの夜行を待つあいだ、タキシイでざっと町を見てまわった。風貌《ふうぼう》の秀《ひい》でた藩公の銅像の立っている公園をも散歩した。
汽車に乗ってからも、庸三は滞在中の周囲の空気――自身の態度、何か気残りでもあるらしい葉子の素振りなどが気にかかった。町の写真師の撮影所で、記念写真を撮《と》られたことも何か気持にしっくり来なかった。撮影所は美しい※[#「※」は「木+要」、第4水準2−15−13、166−下−21]垣《かなめがき》の多い静かな屋敷町にあったが、葉子はかつての結婚式に着たことのある、長い振袖《ふりそで》に、金糸銀糸で鶴《つる》や松を縫い取った帯を締め、近いうち台湾にいる理学士のところへ嫁《とつ》ぐことになっている妹も、同じような式服で、写場へ乗りこんだものだった。姉妹の左右に母と嫂《あによめ》とが並んで腰かけ、背の高い兄と低い庸三が後ろに立った。――庸三は二度とここへ来ることもないような気がした。
瑠美子をつれて葉子の乗っている汽車が着いた時、庸三は長男と
前へ
次へ
全436ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング