もは》ゆそうに、そっと寄って唇《くち》づけをすると、ぱっと離れた。足音が段梯子《だんばしご》にした。
「母はちっとも可笑《おか》しくないと言ってますのよ。」
 高い窓をあけて、碧《あお》い海を見たりしてから下へおりた。葉子の着替えも入っている彼のスウトケイスが、井戸や風呂《ふろ》の傍《そば》を通って、土間から渡って行く奥の離れの次ぎの間にすでに持ち込まれてあった。
 葉子はそこへ庸三を案内した。
「本当にお粗末な部屋ですけれど、父がいつけたところですの。父は誰をも近づけませんでしたの。ここで本ばかり読んでいましたの。冬の夜なんか咳入《せきい》る声が私たちの方へも聞こえて、本当に可哀相《かわいそう》でしたわ。」
 棚《たな》に翻訳小説や詩集のようなものが詰まっていた。細々《こまこま》した骨董品《こっとうひん》も並べてあった。庸三は花園をひかえた六畳の縁先きへ出て、額なんか見ていた。
「裏へ行ってみましょう。」
 誘われるままに、庭下駄《にわげた》を突っかけて、裏へ出てみた。そこには果樹や野菜畑、花畑があった。ちょっとした木にも花にも、葉子は美しい懐かしさを感ずるらしく、梅の古木や柘榴《ざ
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