女が離れて行きそうな仄《ほの》かな不安を感じながらも、言われるままにじっと待っているのだった。後になって考えると、間もなく気取ったポオズの写真が届いたところを見ると、それが全部|嘘《うそ》でないにしても、真実ではなかった。多分一色を訪ねたか、秋本がその時まだ東京にいたものとすると、彼の旅宿へ立ち寄ったものだと思われた。庸三がしとしと雨の降り募って来たアスファルトの上を、彼女が軽い塗下駄の足を運んでいる銀座の街《まち》を目に浮かべている間に、彼女の※[#「※」は「にんべん+就」、第3水準1−14−40、158−下−20]《やと》ったタキシイがどこをどう辷《すべ》っていたかも知れないのであった。女と逢《あ》っているよりも、女を待っている時の方が、ずっと幸福なものだということは、もとより知る由もなかった。庸三は銀座の到《いた》る処《ところ》に和髪とも洋髪ともつかない葉子独特の髪で、紺の雨傘《あまがさ》をさして、春雨のなかを歩いている彼女の幻を追っていた。が、するうち胸が圧《お》されるようになって来た。庸三はしかしそう長く悩んでいなかった。やがて帰って来た葉子は彼の膝《ひざ》へ来て甘えた。

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