《き》きに来られると、顔を赤くして、
「いやよ、見に来ちゃあ。」
 お国風の懐石料理をいくらか心得ていた姉は、大鍋《おおなべ》にうんと拵えた三平汁を見ると、持前の鋭い目をぎろつかせたものだったが、そうした場合に限らず、長火鉢《ながひばち》の傍に頑張っている姉の目の先きで、子供たちと一緒に食卓に坐るのは、葉子には堪えられないことだった。三度々々の食事の気分というものが、人間の生活にとってどんな影響を与えるかということは、普通世間の嫁|姑《しゅうとめ》継母《ままはは》継子のあいだにしばしば経験されることだった。もし葉子がいなかったとしても、後で庸三は姉に世帯《しょたい》を委《まか》したことをきっと後悔したに違いなかった。彼はその時裏の家で、いつの間にかかなり大きい荷物の用意されてあることを見てから、一層不愉快になった。
 しかし葉子は、子供の相手になって童謡を謳《うた》ったり、咲子にお化粧をしてやったり、器用に編棒を使ったり、気が向くと時には手軽な西洋料理を作るとか、または恋愛小説に読み耽《ふけ》り、長男と新らしい文学や音楽映画の話をするのが、毎日の日課で、勝手元を働くのは、年の割りに体の
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