ふんいき》が嶮《けわ》しくなって来ると、すごすご宿へ引き揚げて行くこともあったし、彼女自身が嶮悪になって、ふいと飛び出して行くこともあった。庸三は何かはらはらするような気持になることもあったが、葉子はその後で手紙を少女にもたせて、彼を宿に呼び寄せたり、興味的に追いかけて行く子供と一緒に、夜更《よふ》けの町をいつまでも歩いていることもあった。
ある日彼女はどこからか金が入ったとみえて――彼女は母からの月々の仕送りのように言っていた――何かこてこて買いものをしたついでに、美事なグラジオラスの一|鉢《はち》を、通りの花屋から買って来て、庸三を顰蹙《ひんしゅく》せしめたものだが、お節句にはデパアトから幾箇《いくつ》かの人形を買って来て、子供の雛壇《ひなだん》を賑《にぎ》わせたり、時とすると映画を見せに子供を四人も引っ張り出して、帰りに何か食べて来たりするので、庸三はある日彼女の部屋を訪れて、彼女にお小遣《こづかい》を贈ろうとした。
「先生のお金――芸術家のお金なんて私とても戴《いただ》けませんわ。私そんなつもりで、先生んとこへ伺っているんじゃないのよ。どうぞそんな御心配なさらないで。」
彼
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