女は再三押し返すのだったが、庸三の引込みのつかないことに気がつくと、
「それじゃ戴いときますわ。――思いがけないお金ですから、このお金で私質へ入っているものを請け出したいと思うんですけれど。」
「いいとも。君もそういうことを知っているのか。」
「そうですとも。松川と田端《たばた》に世帯《しょたい》をもっている時分は、それはひどい困り方だったのよ、松川は職を捜して、毎日出歩いてばかりいるし、私は私で原稿は物にならないし、映画女優にでもなろうかと思って、せっかく話をきめたには決めたけれど、いろいろ話をきいてみると、厭気《いやき》が差して……第一松川がいやな顔をするもんで……。」
葉子は出て行ったが、間もなくタキシイにでも載せて来たものらしく、息をはずませながら一包みの衣裳《いしょう》を小女と二人で運びこんで来た。派手な晴着や帯や長襦袢《ながじゅばん》がそこへ拡《ひろ》げられた。
「私これ一枚、大変失礼ですけれど、もしお気持わるくなかったら、お嬢さんに着ていただきたいと思うんですけれど。」
「そうね。学生で、まだ何もないから、いいだろう。」
二人は間もなく宿を出て、葉子自身は花模様の小浜
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