今荷車が来たばかりで、荷物を積むところですから、ちょっとこっちへ来て御覧なさい。」
際《きわ》どいところであった。庸三も下宿の前に荷車のあることは知っていたが、それが葉子の引越しの車とも思わず、その横を擦《す》りぬけて石段を上がったのだったが、そう言われて廊下へ出て、そっと硝子戸《ガラスど》から下を見下ろすと、ジャケツに薄汚い茶の中折を冠った運送屋の若い衆が、ちょうどしおじ[#「しおじ」に傍点]の本箱を持ち出すところであった。
「はは、なるほど。」
庸三は苦笑したが、その時年少詩人の史朗がひょいと車の側へ出て来たので、彼はあっ[#「あっ」に傍点]と思って後ろへ跪坐《しゃが》んでしまった。
「このごろ誰か来たでしょう。」
「え、来ました、二三度。」
「何て男です。」
「さあ、お名前はおっしゃいませんが、若い方です。鼻の隆《たか》い目の大きい、役者みたいなねえ。」
「ふふむ、なるほど。」
いつも庸三の予感に上って来る存在が清川でありはしたが、金をもって師匠をおとずれた時から、その予感はひとまず消えてしまったのであった。庸三はにわかに興奮を感じ、なお硝子戸の引いてある手摺《てすり》に靠
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