っぱり気にかかった。狭い下宿の部屋で、瑠美子も加えて三人|枕《まくら》を並べるのは、何と言っても憂鬱《ゆううつ》だったし、昼間下宿の飯を食いながら、そこにぼんやりしているのも苛立《いらだ》たしかったが、何かというとやはり足がそっちへ向いた。一緒に外へ出て支那料理を食べたり、昔し錦町《にしきちょう》に下宿していた時分、神保町《じんぼうちょう》にいた画家で俳人である峰岸と一緒に、よく行ったことのある色物の寄席《よせ》へ入ってみたりした。昔しは油紙に火のついたように、べらべら喋《しゃべ》る円蔵がかかっていて「八笑人」や「花見の仇討《あだうち》や、三馬の「浮世床」などを聴《き》いたものだったが、今来てみると、それほどの噺家《はなしか》もいなかったし、雰囲気《ふんいき》もがらりと変わっていた。あれからどのくらいの年月がたったか。日本にも大きな戦争があり、世の中のすべてがあわただしく変化したが、世界にも未曾有《みぞう》の惨劇があり、欧洲《おうしゅう》文化に大混乱を来たした。思想界にも文学界にもいろいろのイデオロギイやイズムの目覚《めざ》ましい興隆と絶えざる変遷があったが、その波に漾《ただよ》いなが
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