て行ったが、やがて帰って来ると、困惑した顔て支度《したく》をしはじめた。
「秋本さんの番頭さんが来たのよ。」
 このごろになって、葉子がいろいろに手を廻して、彼を引き戻そうとしていることは、庸三にも解っていた。そうなることをも希望していた。しかしまた葉子はどうかすると、庸三の唆《そその》かしに乗ったふうにして、小河内の自宅へ電話をかけ、夫人と辞礼を取り交すこともあった。
「何だい、旦《だん》つくはお留守だ。」
 葉子は悪戯《いたずら》そうに首を悚《すく》めながら、電話口を離れて来るのだった。
 しかし何といっても秋本の方にまだしも脈がありそうに思えた。今秋本が彼女の動静を探らせに、わざわざ番頭を寄越《よこ》したとなると、場合は葉子に不運であった。
 やがて下宿の別室で、葉子は番頭に逢ったが、昨夜の彼女の居所を、すでに感づかれているようにも思えた。
「仕方ないからよそへ原稿書きに行っていたと言って胡麻化《ごまか》して、御馳走《ごちそう》して帰したわ。」
 忘れものの手提《てさげ》もあって、番頭を送り出すと、じきに舞い戻って来て庸三に報告するのだった。
「悪いところへやって来たもんだな。」
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