谷《えちごおじや》産まれの彼の父は、庸三の下宿時代から家庭生活時代へかけての幾年かに亙《わた》って、越後の織物を売りに来たものだった。そのころまだ顔の生白い若者が、今子供二人の父親であるこの家の主人であった。
「先生と奥さんのことよく話しているわ。」
葉子は言うのだったが、初めて庸三の家を飛び出して、行方《ゆくえ》を晦《くら》ましてしまった彼女を、偶然にも捜し当てたのも、またこの家であった。
新宿の旅館から荷物を持ちこんで来た葉子は、その当時壁紙など自分で張りかえた下の部屋に落ちついて、窓に子供っぽいカアテンを張り、二つの電球をもった、北海道時代から持ち越しの、例の仏蘭西製のスタンドも、こてこて刺繍《ししゅう》のある絹張りのシェイドに、異国の売淫窟《ばいいんくつ》を思わせる雰囲気《ふんいき》を浮かび出させるのであった。
庸三は時々瑠美子と並んで、陰鬱《いんうつ》なその部屋に寝るのだったが、葉子も彼の書斎で夜を明かすこともあった。
するとある朝|夙《はや》く――あいにくにもちょうど葉子が下宿の部屋を一晩明けた朝方に、電話がかかって来た。葉子はあわてて羽織を引っかけたまま、飛び出し
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