歌など見てもらっていた葉子が、秋本に逢《あ》うのもその家であった。それに、秋本には最近また小説的な一つの事件があった。彼はずっと前から夫人と別居して、夫人の姉が第二夫人のような形で同棲《どうせい》し、彼の家政を見かたがた子供の世話をしていたが、それが最近少なからぬ金を拐帯《かいたい》して、元救世軍の士官だったという年輩の男のもとへ走っていたという事件は、その士官が左翼一方の頭領として、有名だっただけに、この夏ごろの新聞の社会面記事として、世間を賑《にぎ》わしていた。
「秋本さんはとても異《かわ》った人でして、どうも頭脳《あたま》が変でしたよ。」
下宿の主人は言うのであった。秋本はその事件の勃発《ぼっぱつ》とともに女を捜しに上京して来た。そしてここで幾度か女にも男にも逢ったが、女の決心は動かなかった。
葉子にいわせると、彼には郷里に遊びつけの芸者もあり、酒も強い方だったが、あれほどの物持でありながら、どの夫人にも逃げられるには、何か異ったところがあるらしかった。
「そう言えば私も思い当たることがある。」
しかし庸三はまた異った意味で、下宿の主人を知っていた。四五年前に死んだ越後小千
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