どうかすると、愛人がこの旅館のどの部屋かに来ているような感じを抱《いだ》かせる挙動を見せたり、後の思い出に、最期《さいご》の時をとにかくしばし楽しく過ごそうとしているような口吻《くちぶり》を洩《も》らしたりした。しょぼ降る雨のなかを一本の傘《かさ》で、石のごろごろしている強羅《ごうら》公園を歩いている時も、ここで一夏一緒に暮らしてみたいように囁《ささや》くかと思うと、次ぎの相手がもう側ちかく来てでもいるような気振りを見せるのだった。さながら彼女は自然に浮かれた夢遊病者であった。
「ああ、そう夢が多くちゃ。」
「私夢がなくちゃとても寂しい。」
葉子はもう涙ぐんでいた。
煖炉《だんろ》が懐かしくなる時分になった。
その時分になると、葉子も神田《かんだ》の下宿へ荷物と子供を持ちこんでいた。毎朝毎夜、クリームを塗ったりルウジュをつけたりしていた鏡台と箪笥《たんす》は今なお庸三の部屋にあった。というのも北海道の結婚生活時代に、前夫の松川と連帯になっている債務が、ここまで追いかけて来て、庸三の不在中、彼の卓子《テイブル》などをも書き入れて差し押えられたからで、それを釈《と》くのに少し手間
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