と附き合ってくれと言うんですのよ。先生さえ気持わるくなかったら、話をつけに行こうと思いますけど……。」
「そうね、僕はかまわないけど。」
「私悪い女?」
庸三は笑っていた。
「行ってもいい? 断わった方がいいかしら。」
「とにかく綺麗にしなけりゃ。」
「きっとそうするわ。ではお待ちになってね。九時にはきっと帰りますから、お寝《やす》みになっていてね。きっとよ。げんまん!」
葉子はそう言って指切りをして出て行った。
庸三は壁ぎわに女中の延べさしてくれた寝床へ潜りこんだが、間もなく葉子附きの、同じ秋田生まれの少女が御免なさいと言って襖《ふすま》を開けた。庸三は少しうとうとしかけたところだったが、目をあげて見ると、彼女は青いペイパアにくるんで紐《ひも》で結わえた函《はこ》を枕元《まくらもと》へ持ち込んで来て、
「梢さんが今これを先生に差し上げて下さいとおっしゃったそうで。」
庸三が包装の隙間《すきま》から覗《のぞ》いてみると、萎《しな》びた菜の花の葉先きが喰《は》みだしていて、それが走りの苺《いちご》だとわかった。――枕元においたまま、彼はまたうとうとした。いつかも彼女は田舎《いなか
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