葉子に当てつけるわけでもなかったが、彼女の感情を庇護《かば》う余地はなくなっていた。
「マダムいる?」
庸三が微声《こごえ》できくと、
「ああ、先生ですか。マダムは昨夜静岡へ立ちましたの。」
静岡には小夜子の種違いの、多額納税者の姉が、とかく病気がちに暮らしていた。
「でもいらっしゃいませんか。今どこですの。」
「そうね。」
いきなり葉子が寄って来て、受話機を取りあげた。
「どこへかけたの。」
「どこだっていいじゃないか。君は渋谷へ帰りたまえ。僕は一人で帰る。」
やがて車が来たので、彼は葉子を振り切って、玄関口へ出ると、急いで車に乗ろうとしたが、その時は葉子もすでにドアに手をかけていた。
スピイドの出た車のなかで、険しい争いが初まったと思うと、葉子はにわかに車を止めさせてあたふた降りて行ったが、一二町走ったと思うころに、後ろから呼びとめる声がしたかと思うと、葉子の乗った別のタキシイが、スピイドをかけて追いかけて来た。濡《ぬ》れた葉子の顔の覗《のぞ》いている車がしばしすれすれになったり、離れたりしていた。見ると、いつか庸三の車が一町もおくれてしまった。今度は心臓の弱い庸三が彼女
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