合《こぜりあ》いが起こった。庸三からいうと、すでに久しく膠《にかわ》の利かなくなったような二人の間も、わずかに文学というものによって、つまり彼女の作家的野心というようなものによって繋《つな》がれているにすぎず、それさえ思い切れば、彼女はこの恋愛の苦しい擬装からいつでも解放されうるわけであったが、葉子から見れば、この世間しらずの老作家は、臆面《おくめん》もなく人にのしかかって来る、大きな駄々児《だだっこ》であった。彼女は若い愛人を持って行く何の成算もなく、現実の生活について、何ら明確な方針もなしに、徒《いたず》らに恋愛の泥濘《でいねい》に悶※[#「※」は「足へん+宛」、第3水準1−92−36、287−上−14]《もが》いているにすぎない彼に絶望していたが、下手に背《そむ》けば、逗子事件の失敗を繰り返すにすぎないのであった。
庸三はここを切りあげようと思って、勘定を払って車の来るのを待っていたが、二人の気分には今にも暴風雨になりそうな低気圧が来ていた。
車を待っているあいだに、彼は葉子が女中と縁端《えんばな》で立話をしている隙《すき》にふと思いついて、小夜子の家へ電話をかけてみた。別に
前へ
次へ
全436ページ中354ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング