庸三は恋愛にかけては、まるで何のトリックも理性もない凡夫にすぎないのであったが、一度ならず二度ならず手許《てもと》へ引き寄せてみようとする執拗《しつよう》さには、かかる体験の副産物をも計算に入れていないわけではなかった。現実にいつも美しい薄もののベイルをかけて見ている葉子の目には、自身の幻影が、いつも反射的に、自身に対するあらゆる異性の目が、憧憬《しょうけい》と讃美に燃えているように見えた。今まで窮屈な家庭に閉じこもって、丸髷《まるまげ》姿の旧《ふる》い型の一人の女性しか知らず、センセイショナルな世間の恋愛事件をも冷やかに看過して来た不幸な一人の老作家を、浮気な悪戯心《いたずらごころ》にせよ打算にせよ、またはいくらかの純情があったにせよ、とにかくその冷たそうにみえる一と皮を※[#「※」は「てへん+毟」、第4水準2−78−12、281−下−10]《む》しり取って、情熱の火を燃やしたてたということだけでも、葉子は擽《くすぐ》ったい得意をひそかに感じていたのであったが、それがかえって逆作用を呈して自身に仇《あだ》をなす結果となったことは、何としても心外であった。
庸三も証文を取られたことは
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