のことに関する限り、作品には書かないという誓いで、もし少しでもそれを書いた場合には、賠償金大枚千円なりを異議なく支払うべきものなりという、子供|瞞《だま》しのような証書であった。
庸三は言わるるままに、それを原稿紙に無造作に書いた。
「これでいいね。」
「どうもありがとう。」
葉子はそれでいくらか安心したように、今まで悲痛な色をうかべていた顔に微笑の影が上って、証書を畳んでハンドバッグの中に仕舞いこんだものだったが、いつ何時《なんどき》どういうことを書かれるか解《わか》らないという不安が全く除かれたわけでもなかった。あの記事以来葉子の目に映るものは二重にも三重にも働き出して来る彼の性格であった。彼は悪党だとは思えないにしても、安心すべき善人でもなかった。こんな盲目的な情熱が、この男にあったのかと驚かれもし、今となってはある場合むしろそれが迷惑でもあり、彼女の身のうえの思い設けぬ不幸でさえもあると思わるるほど溺愛《できあい》している恋慕の底に、何かしらいつも遊戯とかまたは冷たい批判とかいうものとは異《ちが》った作家気質というようなもので、押し隠されていることを、彼女は感じ出していた。
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