命《いのち》を取られる虫のような焦燥《しょうそう》もいつか失われていたので、電話の刺戟《しげき》はあったけれど、心は煮えきらなかった。いつまでこんなことがつづくのかと思われた。
ちょうど晩飯時分だったので、まだ店を開いて間もないほどのモナミは人が一杯であった。いつも二階なので、階段を上がりざまに下へ目をやると、そこに見知りの女の顔が擽《くすぐ》ったそうに笑っていた。庸三は笑《え》みかえす余裕も失って、そのまま上がって行ったが、食堂はがらんとしていて、葉子もまだ来ていなかった。窓ぎわの食卓に就《つ》いて、煙草《たばこ》を一本ふかしたころに、やがて葉子が現われた。
「ごめんなさい、ちょっと、ハルミへ寄ったものだから。」
葉子はあの時のことを想《おも》い出しもしないふうだったが、いくらか気が置けるらしかった。庸三も気が弾《はず》まなかった。
「結婚はどうなったかしら。」
「家がいつ売れるか知れないんですもの。その間私たち黒須さんの家《うち》へお預けでしょう。」
葉子は苦笑していたが、そこへ青磁色したスウブが運ばれた。ナプキンを腕にした、脊《せ》の高い給仕が少し距離をおいて立っているので
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