こんなこと言うのよ。世間の噂《うわさ》も煩《うるさ》いし、牛込の家を売るたって、今すぐというわけにもいかないから、人目にふれない処《ところ》に当分隠れていろというの。それにちょうどいいところがある。沼津とかの町|端《はず》れの高台の方に、懇意な古い宿屋とか別荘とかがあるから、そこへ行っていろと言うの。」
「二人で?」
「ううむ、私一人でよ。」
「引き分けるつもりなのか。」
「そうでもないらしいんだけれど、後から黒須さんが行くから、とにかく先きへ行っていろというの。何でも大分|田舎《いなか》らしいのよ。その時は私もその気になったんだけれど、黒須さんと園田さんに送られて駅へ来てから考えたの。行ったものか止したものかと。でも黒須さんが切符を買ってくれたものだから、まさか乗らないわけにも行かないでしょう。仕方なし乗ったは乗ったけれど、何だか気が進まないの。それでふと止す気になって、次ぎの駅でおりてしまったの。そこへちょうど上りが来たものだからそれに乗ってここへ来てしまったの。」
 誰にも馴《な》れやすくて愛嬌《あいきょう》の好い葉子ではあったが、それだけにまた異性に対して用心深いことは、庸三も
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