の庭は、ちょうどこぶし[#「こぶし」に傍点]の花の盛りで、陰鬱《いんうつ》な書斎の縁先きが匂いやかな白い花の叢《くさむら》から照りかえす陽光に、春らしい明るさを齎《もたら》せていた。
庸三は部屋の真中にある黒い卓の片隅《かたすみ》で、ぺらぺらと原稿紙をめくって行った。原稿は乱暴な字で書きなぐられてあったが、何か荒い情熱が行間に迸《ほとばし》っているのを感じた。
「大変な情熱ですね。」
彼は感じたままを呟《つぶや》いて、後で読んでみることを約束した。
「大したブルジョウアだな。」
彼はそのころまだ生きていて、来客にお愛相《あいそ》のよかった妻に話した。作品もどうせブルジョウア・マダムの道楽だくらいに思って、それには持前の無精も手伝い、格にはまらない文章も文字も粗雑なので、ただ飛び飛びにあっちこっち目を通しただけで、通読はしなかったが、家庭に対する叛逆《はんぎゃく》気分だけは明らかに受け取ることができた。彼は多くの他の場合と同じく、この幸福そうな若い夫婦たちのために、躊躇《ちゅうちょ》なく作品を否定してしまった。物質と愛に恵まれた夫婦の生活が、その時すでに破産の危機に瀕《ひん》してい
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