生《めば》えないわけに行かなかった。
 すると金をハンド・バッグに仕舞って、あれほど悦《よろこ》んで飛んで帰って行った葉子が、間三日もおかないうちに、近所の例の安栄旅館から電話をかけて来た。
 まだ宵《よい》のことで、彼は殺風景な応接室で、子供と一緒にお茶を呑《の》みながらレコオドを聴《き》いていたが、そうした家庭人になってみると、母のない子供の日常にも、何かはかない感じがまざまざ感じられて来て、楽しい気持にもなれないのであった。
 庸三は自分への電話だときいて、門を出ていつも取り次いでくれている下宿屋の電話室へ入って行った。多分小夜子が花でも引こうというのだろうと思って、受話機を取ってみると思いがけなくそれが葉子の声なのに驚いた。
「ああ、先生。私よ。」
「どうしたんだ。どこにいるんだい。」
「安栄旅館よ。先生にお話ししたいことがあって、今出て来たばかりよ。御飯食べながら聴いていただこうと思って。」
「何だろう。」
「来てよ。すぐよ。」
 庸三は懲りずまに、また葉子に逢いに行った。

 葉子は前二階の部屋にいた。スウト・ケイスやハンドバッグが床の間にあって、旅行からでも帰って来たよう
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