を得たことは、悪い気持ではなかった。
「素敵だな。」
「でも今は困るの。あの人財布を投げ出して行ってくれはしますけれど、それに手を着けたかないの。何かがつがつしているようで、さもしい感じでしょう。あの人たちお金に苦労したことのない人だけに、なおさらなの。」
 それから株や何かで暮らしている両親たちの生活の外廓《がいかく》を、彼女なりの観察の仕方で話しながら、煮立っている鳥には、ろくろく箸《はし》もつけなかった。そして金を受け取ると、無造作にハンドバッグのなかへ押しこんで、
「今度またゆっくりお話ししますわ。今日はこれで失礼さしていただいてもいいでしょう。」
 庸三は頷《うなず》いた。
 起《た》ちかける葉子は彼の体に寄って来た。別れのキスでもしようとするように。庸三はあわてて両手でそれを遮《さえ》ぎりながら身をひいた。

      十九

 庸三がもしも物を書く人間でなかったら――言い換えれば常住人間を探究し、世の中の出来事に興味以上の関心を持つことが常習になっていない、普通そこいらの常道的な生活を大事にしている人間だったら、葉子に若い相手ができた後までも、こうも執拗《しつよう》に彼
前へ 次へ
全436ページ中296ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング