イのオペラなど聴《き》いたり見たりしていたが、レコオドの趣味もようやく濁《だ》みた日本の音曲が、美しい西洋音楽と入れかわりかけようとしていた。エルマンを聴いて、今まで甘酸《あまず》っぱいような厭味《いやみ》を感じていた提琴の音のよさがわかり、ジムバリスト、ハイフェツなどのおのおのの弾《ひ》き方の相違が感づけるくらいの、それが古い東洋式の鑑賞癖でしかなかったにしても、この年になって、やっと汗みずくで取り組みつつある恋愛学から見れば、まだしも地についていると言ってもよかった。家庭での庸三夫婦と子供との新しい旧《ふる》い趣味のひところの衝突も、もうなくなっていた。上野の音楽学校で演奏された、ベエトヴェンの第九シムフォニイを聴きに行った庸太郎を、ちょうど何かの用事の都合で、夫婦で広小路まで出かけて行ったついでに、動物園の附近で、待ちあわせていたことがあったが、ちょうど演奏の了《お》わる時刻だったので、やがて制服姿の彼が肩をすぼめながら、おそろしい厳粛な表情で、傍目《わきめ》もふらずとっとと二人の前を行きすぎようとしたことがあったが、それももう古い過去となってしまった。
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