自身の生活に立ち還《かえ》らなければならないという焦燥《しょうそう》に駆られながらも、危ない断崕《だんがい》に追い詰められているような現実からどう転身していいかに迷っていた。彼は飛んでもない舞台へ、いつとなし登場して来たことを慚《は》じながらも、手際《てぎわ》のいい引込みも素直にはできかねるというふうだった。浪子《なみこ》不動がすぐその辺にあった。庸三は名所|旧蹟《きゅうせき》という名のついたところは、一切振り向くのが嫌《きら》いだったが、時には葉子とそこまで登って行ったこともあった。ホテルへ来て物を書いている人気作家のK――氏と一緒のこともあって、K――氏とは撮影所へつれて行ってもらったりしていたし、人の羨《うらや》む新婚生活も、そのころはすっかり前途の幸福も保障され、そこからまた新らしい人気も湧《わ》いていたので、葉子もついに三人一緒に歩きながら、何かK――氏に訴えてみたいような気持を口にしがちであった。
「今のままで結構じゃありませんか。」
 K――氏は言っていたものだが、そういう後では、葉子の気持にも何か動揺があった。彼女は博士《はかせ》事件以来、ここへ引っ越して来てから、自身
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