人声が絶えて、ホテルはしんと静まりかえっていたので、事務室の大時計のセコンドを刻む音や、どこかの部屋のドアの音などが、一々耳につきはじめて、ふっと入口のドアの叩《たた》く音などが聞こえると、それが葉子であるかのように神経が覚《さ》めるのだった。
 何時ごろであったろうか、病人のように慵《ものう》い神経が、ふと電話のベルに飛びあがった。りんりんと続けさまに鳴ったが、ボオイたちもすっかり寝込んでいると見えて、誰も出て行くものがなかった。宿泊人はいずれも朝の勤めの早いサラリーマンなので、こんな遅くに電話のかかって来るはずもなかった。庸三は多分葉子だろうという気がして、よほどベッドを降りようかと思ったが、意識がぼんやりしていたので、それも億劫《おっくう》であった。するうち彼はまたうとうとと眠ってしまった。
 翌日庸三はそこを引き揚げて、しばらくぶりで書斎へ帰って来た。からりと悪夢からさめたような感じでもあったが、頭脳のそこにこびり着いた滓《かす》は容易に取れなかった。そして机の前に坐っていると、不眠つづきの躯のひどく困憊《こんぱい》していることも解った。彼は近所の渡瀬《わたせ》ドクトルに来ても
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