であった。彼は長いあいだの家庭生活にも倦《う》みきっていたし、この惨《みじ》めな恋愛にも疲れはてていた。心と躯《からだ》の憩《いこ》いをどこかの山林に取りたいとはいつも思うことだが、そんな生活も現代ではすでに相当|贅沢《ぜいたく》なものであった。
 一盞《いっさん》の葡萄酒が、圧《お》し潰《つぶ》された彼の霊ををとろとろした酔いに誘って、がじがじした頭に仄《ほの》かな火をつけてくれた。そして食事をすまして、サルンのストオブの側に椅子《いす》を取って煙草《たばこ》をふかしていると、幾日かの疲れが出たせいか、心地《ここち》よく眠気が差して来た。
 やがて彼は部屋へ帰って、着物のままベッドに入った。この場合広いベッドに自由に手足を伸ばして、体を休めることが、彼にとって何よりの安息であった。
 庸三は葉子が帰って来るようにも思えたし、帰って来ないような気もして、初めはむしろ帰って来ない方がせいせいするような感じだったが、うとうと一と寝入りしてから、およそ一時間半も眠ったろうか、隣室の客が帰って来た気勢《けはい》に、ふと目がさめると、その時はもう煖炉《だんろ》を境とした一方の隣りにあるサルンにも
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