ようであったが、中には着いたばかりで、借家を捜すあいだの仮りの宿として、幾箇《いくつ》かのトランクを持ち込んで来る新婚の夫婦もあった。庸三が一日に何度となく、跫音《あしおと》を偸《ぬす》むようにして、廊下へ出て行く葉子の動静に気を配ることを怠らなかったのも、一つはそのためでもあった。
 ある時はまた、そっと玄関に近い事務室の傍にある電話口へ出て行って、どこかへそっと電話をかけているのではないかという彼女の気配が、微《かす》かに感じられるような気がしたりしたが、夜はいつまでもラジオを聴《き》いていることもあった。
 来客などのあった時とか、または少し離れたところに、名高い女流作家と異《かわ》った愛の巣を造っている若い作家を訪れたりした時には、庸三はホテルの人たちが寝静まったころに、やっと原稿紙に向かうことができた。彼はしばしばサロンの外人たちの間に交じって、彼女と一緒にお茶やケイキを食べたが、彼自身も今少し度胸があったら、何か話したそうにも見えるそれらの人たちと言葉を交したい方であった。
 するとある夜葉子は、いつもの神経的な発熱でベッドに横たわりながら、本を読んでいたが、うとうとしてい
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