互いに肉情的な泥《どろ》仕合いに爛《ただ》れているのであった。
 その夜も庸三は少し不機嫌《ふきげん》になっていたが、どうかした拍子に、
「先生私をあまり重荷にお思いでしたら……。」
 と葉子はふとそう言って、寂しそうな表情をしていた。
 庸三は何か別のことを考えていたので、その言葉をはっきり聴《き》き取ることもできず、その意味を問い返すだけの意識もなくて、押し黙っていたが、彼女の背後にあるものの影が、仄《ほの》かにぼかされていた。
 サルンに人のいない時、葉子は時々読んでいる本を伏せて庸三の傍《そば》を離れた。庸三は高すぎるくらいの卓子《テイブル》に向かって、廻転椅子《かいてんいす》にかけながらペンを執っているのだが、姿の見えぬ彼女の一挙一動を感知しようとするもののように、耳を澄ましていた。かつて彼女は、庸三の家へ入りたてのころに、独りで帝国劇場へ女優劇か何かを見に行ったことがあった。その時多分彼女のどうかした表情が、その結果を生んだものであろうが、隣に座席を取っていた米国人らしい若い一人の紳士が、覚束《おぼつか》ない日本語で彼女に話しかけた。双方の言葉が通じるというわけには行かなか
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