《ふとん》のなかに独り体を埋《うず》めていると、疲れた頭脳も落ち着くのだし、衰えた神経の安めにもなるのであったが、彼にはこの醜陋《しゅうろう》な情痴の世界をこえて、もっと重要な不安があった。そうした場合、もしも創作意慾が旺《さか》んであり、ジャアナリズムの気受けがよかったら、彼の心意もそう沮喪《そそう》しなくても済むはずであった。
 庸三はいつごろまで仰向きになった目の上に「痴人の告白」を持ちこたえていたろうか、するうちに目蓋《まぶた》が重くなって電燈を薄闇《うすぐら》くして睡《ねむ》った。
 すると部屋が白々としたころになって、誰かが彼のベッドの端へ来て坐る膝《ひざ》の重さを感じてほっと目がさめたと思うと、面窶《おもやつ》れのした葉子が上から彼を覗《のぞ》いていることに気がついた。
「御免なさいね。――私昨夜こんなに書いたのよ。」
 葉子はそう言って、原稿紙|挟《ばさ》みから十枚余りの原稿を出して、ぺらぺらと繰っていたが、疲れきった体に、感傷的な哀憐《あいれん》の刺戟《しげき》を感じたものらしく、まだ全く眠りからさめきらない庸三の体を揺り動かした。

 するうちある夜またしても葉子の
前へ 次へ
全436ページ中222ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング