姿を見失ってしまった。庸三も朧《おぼ》ろげに感じている相手が誰であるかを、今なおはっきり突き留めたい好奇心に駆られた。彼女の患部にメスを揮《ふる》った博士《はかせ》がまず彼の興味を刺戟したが、その他にも踊りの師匠の愛人、それから例の雑誌記者などにも疑惑は動いた。しかし何といっても、普通一般の思議を許さないあたりにも勤めている、優《すぐ》れた手腕と人格の持主である博士の生活に、ある新しい刺戟を感じているらしいことは、時々の彼女の口吻《くちぶり》でも解るのであった。そうした地位の高い博士の愛を獲得することも、今まで気むずかしい芸術家ばかりを相手にしていた彼女にとっては、何か朗らかな悦《よろこ》びでなくてはならなかった。もしひょっとして博士が新しいペトロンの役割を演じてくれでもするとしたら、なおさらのことであった。
「また葉子がいなくなったよ。」
 庸三は小夜子に報告した。密会や何かのことに、いろいろな場合の体験ももっているに違いない小夜子であった。
 彼女はちょうど風呂《ふろ》から上がって、お化粧をすまして帳場に坐っていた。
「あの方どうしてそんなことなさるんでしょうね。先生というものがあ
前へ 次へ
全436ページ中223ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング