感冒にかかって床に就《つ》くのが例になっていたが、どうした訳かその年はそんなこともなく、世間の非難や文学的な悩みはありながら、とにかく彼女に紛れてうかうかと日を送っていた。
 葉子は二日おきぐらいに、病院へ行くと言っては出て行ったが、時には関係の婦人雑誌の編輯室《へんしゅうしつ》をも訪れた。若い記者たちと銀座でお茶を呑《の》んで来ることもあれば、晩飯の御馳走《ごちそう》になることもあった。
「今日は××さんに御飯御馳走になって、和泉《いずみ》式部の話聞いて来たわ。」
 葉子は聞いて来たことを、また庸三に話して聞かせるのだったが、書きはじめた時分から、ちょいちょい原稿のことで訪れて来た若い記者は、今でも時々やって来た。葉子は締切りが迫って来ると、下宿の部屋からも姿を消して、近くにある静かな旅館の一室に立て籠《こ》もることもあったが、ある時などは、どこを捜しても見つからないこともあった。庸三は気の許せないような彼女が、今はどんなに懐《なつ》いて愛し合っているように見えていても、いつどこへ逃げて行くかわからないという不安は絶えずもっていた。
「東京というところは、居つけてみればみるほど広いの
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