たが見知らぬ世間の女性を心ひそかに物色してもいた。女性の前に今まで膝《ひざ》も崩さなかった儀容と隔心とが、自然に撤廃されそうであった。
葉子は下宿へ逢《あ》いに来る一色と対《つい》で二三度庸三の書斎に姿を現わしたが、ある晩到頭一人でやって来て机の前にいる彼に近づいた。
「私先生のところへ来て、家事のお助《す》けしたいと思うんですけどどう?」
葉子は無造作に切り出した。庸三はその言葉が本当には耳へ入らなかった。
「あんたに家庭がやれますか。」
「私家庭が大好きなんですの。」
「それあ刺繍《ししゅう》や編物はお得意だろうが、僕の家庭と来たら…………。」
「あら、そんな! 私台所だってお料理だってできますの。子供さんのお相手だって。」
「そうかしら。」
葉子は少し乗り出した。
「先生の今までの御家庭の型や何かは、そっくりそのまま少しも崩さずに、先生や子供さんのために、一生懸命働いてみたいんですのよ。それで先生の生きておいでになる間、お側にお仕えして、お亡くなりになったら、その時は子供さんたちの御迷惑にならないように、潔《いさぎよ》く身を退《ひ》きます。」
「貴女《あなた》はどうするんで
前へ
次へ
全436ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング