野菜ものの目利きにも卒《そつ》がなかった。庸三が小さい時分食べて来た田舎《いなか》の食べ物のことなどを話すと、すぐそれが工夫されて、間もなく食膳《しょくぜん》に上るのだった。それで彼は何かというと外で飯を喰《く》うようなこともなかったし、小使の必要もなかったわけだが、長い下宿生活の慣習も染《し》みこんでいたので、そこらの善良な家庭人のような工合《ぐあい》には行かなかった。育って来た環境も環境だったが、彼には何か無節制な怠けものの血が流れているらしく、そうした家庭生活の息苦しさも感じないわけに行かなかった。彼なりの小さい世俗的な家庭の幸福がまた彼の文学的野心にも影響しないわけに行かなかった。とかく庸三は茶の間の人でありがちであった。書斎にいる時も、客に接している時も、大抵の場合彼女もそこにあった。それに彼は多勢《おおぜい》の子供の世話をしてくれる妻の心を痛めるようなことは、絶対にできなかった。今庸三は孤独の寂しさ不便さとともに、自分の金を懐ろにし自分の時間と世界をもつことができた。狭い楽しい囹圄《れいご》から広い寂しい世間への解放され、感傷の重荷を一身に背負うと同時に、自身の生活に立ち還
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