すると暗い影が差して来たが、師匠に対する葉子の立場を考えて強《し》いても安心しようとした。彼こそ彼女の恰好《かっこう》な相手だという感じは、葉子と一緒に師匠を初めて訪問した時の最初の印象でも明らかであり、この青年とだったら、いくら移り気の葉子でも、事によると最後の落着き場所として愛の巣が営めるのではないかという気もしたし、敏捷《びんしょう》な葉子と好いモダアニストとして、今売り出しの彼とのあいだに、事が起こらなければむしろ不思議だという感じもしないことはなかったが、一つの頼みだけはあった。
「あれなら本当の葉子のいい相手だ。」
 庸三はそれを口にまで出した。ちょうど文壇に評判のよかった「肉体の距離」というその青年の作品が、そうした葉子の感情を唆《そそ》るにも、打ってつけであった。絶えず何かを求め探している葉子の心は、すでに娘の預り主の師匠にひそかに叛逆《はんぎゃく》を企てているに違いなかったが、庸三の曇った頭脳では、そこまでの見透かしのつくはずもなかった。たといついたにしても、病人が好い博士《はかせ》の診断を怖《おそ》れるように、彼はできるだけその感情から逃避するよりほかなかった。結婚
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