た豊かな髪を、味気ない気持で妻がいとおしげに梳《くしけ》ずってやっていたのも、その一室であった。お迎いお迎えという触れ声が外にしていて、七月十七日の朝の爽《さわ》やかな風が、一夜のうちに姿をかえた少女の透き徹《とお》るような白い額を撫《な》でていた。そして気が狂わんばかりに、その時すっかり生きる楽しさを失ってしまった妻も、十数年の後の、ついこの正月の二日の午後には、同じ場所で、子供たちの母を呼ぶ声を後に遺《のこ》して冷たい空骸《なきがら》となって横たわっていたのであった。この部屋での、そうした劃期的《かっきてき》の悲しみは悲しみとしても、彼は何か小さい自身の人生の大部の痕迹《こんせき》が、その質素な一室の煙草《たばこ》の脂《やに》に燻《いぶ》しつくされた天井や柱、所々骨の折れた障子、木膚《きはだ》の黝《くろ》ずんだ縁や軒などに入染《にじ》んでいるのを懐かしく感ずる以外に、とてもこれ以上簡素には出来ないであろうと思われるほど無駄を省いた落着きのよさが、今がさつな新築の書斎に坐ってみて、はっきりわかるような気がするほど、増築の部分がいやなものに思われた。しかし、今まで庭の隅《すみ》になって
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