約束の十時に、庸三は小夜子の家を引きあげた。そして、円タクを通りで乗りすてて家の近くまで来ると、そっと向う前にある葉子の二階を見あげた。二階は板戸が締まっていて、電燈の明りも差していなかったが、すぐ板塀《いたべい》の内にある下の六畳から、母と何か話している彼女の声が洩れた。庸三はほっとした気持で格子戸《こうしど》を開けた。
「一時間も――もっと前よ、私の帰ったのは。」
 彼女はけろりとした顔で、二階へあがって来た。
「どうかしたの。」
「後でよく話すけれど、私|喧嘩《けんか》してしまったのよ。」
 庸三は惘《あき》れもしなかった。
「約束の家で……。」
「うーん、家が気に入らなかったから、あすこを飛び出して、土手をぶらぶら歩いたの。そして別の家へ行ってみたの。それはよかったけれど、お酒飲みだすと、あの人の態度何だか気障《きざ》っぽくて、私|忿《おこ》って廊下へ飛び出しちゃったものなの。そうなると、私後ろを振り返らない女よ。あの人玄関まで追っかけて来たけれど。」
「それじゃまるで喧嘩しに行ったようなものじゃないか。」
「いいのよ、どうせ明日上野まで送るから。」
 葉子はそう言って、寂し
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