さを胡麻化《ごまか》していた。
翌日になると、葉子は時間を見計らって、家を出て行った。そして銀座で水菓子の籠《かご》を誂《あつら》えると、上野駅まで自動車を飛ばした。しかもその時はもう遅かった。重い水菓子の籠を赤帽に持たせて、急いで歩廊へ出て行った時には、汽車はすでに動き出していた。
葉子はすごすご水菓子を自動車に載せて、帰って来た。そして着替える隙《ひま》もなく、その籠を彼の田舎《いなか》の家へ送るために、母と二人で荷造りを初めた。籠は大粒の翡翠色《ひすいいろ》した葡萄《ぶどう》の房《ふさ》や、包装紙を透けて見える黄金色《こがねいろ》のオレンジなどで詰まっていた。
「少しくらい傷《いた》んでも、田舎ではこんなもの珍らしいのよ。」
葉子はさすがに度を失っていた。
しかし彼女のその夜の気紛《きまぐ》れな態度が、つまりどんなふうに今後の運命に差し響いたであろうかは、大分後になってから、やっと解《わか》ったことで、まれの媾曳《あいびき》から帰って来た時の、前夜二回の葉子の胡散《うさん》らしい報告が、事実であったことが、庸三に頷《うなず》けたのも、その時になってからであった。
前へ
次へ
全436ページ中173ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング