みた。十畳ばかりのその部屋には、彼の侘《わび》しい部屋とは似ても似つかぬ、何か憂鬱《ゆううつ》な媚《なま》めかしさの雰囲気《ふんいき》がそこはかとなく漾《ただよ》っていた。
二
葉子は何か意気な縞柄《しまがら》のお召の中古《ちゅうぶる》の羽織に、鈍い青緑と黝《くろ》い紫との鱗形《うろこがた》の銘仙の不断着で、いつもりゅうッ[#「りゅうッ」に傍点]とした身装《みなり》を崩さない、いなせ[#「いなせ」に傍点]なオールバック頭の、大抵ロイド眼鏡をかけている一色と一緒に、寂しい夜の書斎に独りぽつねんとしている庸三をよく訪れたものだったが、そのころにはいつまでも床の前に飾ってあった亡妻の位牌《いはい》も仏壇に納められて、一時衰弱していた躯《からだ》もいくらかよくなっていた。妻の突然の死で、彼は凭《もた》れていた柱が不意に倒れたような感じだった。加世子は自分が生き残るつもりで庸三の死んだ後のことばかり心配していたのだったが、庸三も健康に自信がもてないので、大体そのつもりでいたが、無計画に初まったこの家庭生活はどこまでも無成算で、不安な心と心とが寄り合ってどうにかその日その日を生き
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