。」
瞬間葉子は肩を聳《そび》やかせて言い切った。
「いや、私は誰とも結婚なんかしようとは思いません。私はいつも独りでいたいと思っています。」
そういう葉子の言葉には、何か鬱勃《うつぼつ》とした田舎ものの気概と情熱が籠《こ》もっていた。そして話しているうちに何か新たに真実の彼女を発見したようにも思ったが、ちょっと口には出せない慾求も汲《く》めないことはなかった。
彼は後刻近くの彼女の宿を訪ねることを約束して別れたのであったが、晩餐《ばんさん》の支度《したく》をして待っていた葉子は、彼の来ないのに失望して、間もなく田舎へ帰って行った。
一色と彼女のあいだに、その後も手紙の往復のあったことは無論で、月々一色から小遣《こづかい》の仕送りのあったことも考えられないことではなかった。
加世子の死んだ知らせに接してにわかに上京した葉子は、前にいた宿に落ち着いてから、電話で一色を呼び寄せた。そして二人打ち連れて庸三の家を訪れた。その時から彼女の姿が、しきりに彼の寂しい書斎に現われるようになったのだったが、庸三も親しくしている青年たちと一緒に、散歩の帰りがけにある暮方初めて彼女の部屋を訪れて
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