いるものだということは、想像できなくはなかった。
 ある日庸三が、鎌倉《かまくら》の友人を訪問して来ると、その留守に珍らしく葉子がやって来たことを知った。
「何ですか大変困っているようでしたよ。山路さんとのなかが巧く行かないような口振りでしたよ。ぜひ逢ってお話ししたいと言って……。後でもう一度来るといっていましたから、来たらよく聴《き》いておあげなさいよ。」
 加世子は言っていたが、しかしそれきりだった。
 庸三はその後一二度田舎から感傷的な彼女の手紙も受け取ったが、忘れるともなしにいつか忘れた時分にひょっこり彼女がやって来た。
 葉子は潮風に色もやや赭《あか》くなって、大々《だいだい》しく肥《ふと》っていた。彼女は最近二人の男から結婚の申込みを受けていることを告げて、その人たちの生活や人柄について、詳しく説明した後、そうした相手のどっちか一人を択《えら》んで田舎に落ち着いたものか、もう一度上京して創作生活に入ったものかと彼に判断を求めた。
「あんたのような人は、田舎に落ち着いているに限ると思うな。ふらふら出て来てみたところでどうせいいことはないに決まっているんだから。田舎で結婚なさい
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