びる》にも生彩がなかった。そういう時に限って、彼女はまた別の肉体に愛情を感ずると見えて、傍《はた》の目が一齊《いっせい》に舞台に集まっているなかで、その手が庸三にそっと触れて来るのであった。
 鴈治郎の大晏寺は、庸三の好きなものの一つであった。役としての春藤某《しゅんとうなにがし》の悲痛な運命の下から、彼の大きな箇性《こせい》が、彼の大きな頭臚《あたま》のごとく、愉快ににゅうにゅう首を持ちあげて来るのが面白かった。
「ふふむ!」
 と葉子も頬笑《ほほえ》みながら見惚《みと》れていた。
 二番目の同じ人の忠兵衛《ちゅうべえ》はすぐ真上から見おろすと、筋ばった白い首のあたりは、皺《しわ》がまざまざ目立って、肩から背へかけての後ろ姿にも、争えない寂しさがあった。庸三は大阪で初めて見た花々しい彼の三十代以来の舞台姿を、長いあいだ見て来ただけに、舞台のうえの人気役者に刻んで行く時の流れの痕《あと》が、反射的に酷《ひど》く侘《わび》しいものに思われてならなかった。

 それから中二日ほどおいて、ある夕方葉子の二階の部屋に二人いるところへ、女中のお八重が「今運転士さんが、これを持って来て、お迎えに来
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