ホテルの一室の雰囲気《ふんいき》も気にかかった。こんな享楽場で同伴《つれ》を待つということは、相手が誰であるにしても、とかく神経質になりがちなものだが、この場合の庸三は特にも観劇気分が無残に掻《か》き乱された。彼はしばしば場席を出て、階段口まで出て行ったが、到頭入口まで出向いて行って、その時になってもなおたまには自動車を出て来る人を点検しながら、その辺をぶらついていた。そうしているうちに苛々《いらいら》しい時間が二時間も過ぎてしまった。果ては神経に疲れが出て来て、半分は諦《あきら》めの気易《きやす》さから、わざと席に落ち着いていた。肝腎の中幕の大晏寺がすでに開幕に迫っていた。舞台裏の木の音が近づいて来た。
 そこへ葉子がふらふらと入って来た。
「どうもすみません。待ったでしょう。」
 葉子はそう言って庸三の傍《そば》に腰かけた。
「でもよかった。今中幕が開くところだ。」
「そう。」
 葉子は頷《うなず》いたが、顔も声も疲れていた。
 庸三は窶《やつ》れたその顔を見た瞬間、一切の光景が目に彷彿《ほうふつ》して来た。葉子のいつも黒い瞳《ひとみ》は光沢を失って鳶色《とびいろ》に乾き、唇《くち
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