てみせることもあった。その文句は庸三にも大抵想像がつくので、わざと見ぬふりをしていた。
 するとちょうどその日は庸三も、田舎で世話になった葉子の母親に、歌舞伎座《かぶきざ》を見せることになっていて、無論葉子も同行するはずで、三枚切符を買ってあった。
「先生はお母さんつれて、行っていてちょうだい。私秋本さんのホテルを訪ねて、三十分か――長くとも一時間くらいで切り揚げて行きますから。きっとよ。いいでしょう。」
 葉子はあわただしく仕度《したく》をすると、そう言って一足先きに家を出た。
 庸三と母親は、しばらくすると歌舞伎座の二階|棧敷《さじき》の二つ目に納まっていた。それが鴈治郎《がんじろう》一座の芝居で、初めが何か新作物の時代ものに、中が鴈治郎の十八番の大晏寺《だいあんじ》であった。庸三はそのころまだ歌舞伎劇に多少の愛着をもっていただけに、肝腎《かんじん》の葉子が一緒にいないのが何となく心寂しかった。母親も話はよくする方だったが、彼女の田舎言葉は十のうち九までは通じないのであった。
 幕数が進むに従って、庸三はようやく落着きを失って来た。芝居を見たいことも見たかったが、逢《あ》いに行った
前へ 次へ
全436ページ中161ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング