ことも看逃《みのが》せないのであった。帰りの遅くなったのは、最近になってやっとはっきり自覚するようになった葉子の痔瘻《じろう》が急激に悪化して、ひりひり神経を刺して来る疼痛《とうつう》とともに、四十度以上もの熱に襲われたからで、彼はそれを見棄《みす》てて帰ることもできかね、つい憂鬱《ゆううつ》な日を一日々々と徒《いたず》らに送っていた。
 最初着いた時分には、よく浜へも出てみたし、小舟で川の流れを下ったり、汽車で一二時間の美しい海岸へ、多勢《おおぜい》でピクニックに行ったりしたものであった。いろいろの人が持ち込んで来る色紙や絹地に、いやいやながら字を書いて暮らす日もあった。その人たちのなかには、廻船問屋《かいせんどんや》時代の番頭さんとか、葉子の家の田地を耕しているような親爺《おやじ》さんもあった。だだっ広い茶の間を駈《か》けて歩いているのは葉子の別れた良人《おっと》によく肖《に》ている、瑠美子の幼い妹や弟たちで、それに葉子の末の妹なども加わって、童謡の舞踊が初まることもあった。葉子はさも幸福そうに手拍子を取って謳《うた》っていた。子供の手を引いて盛り場の方へ夜店を見にいくこともあれば
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