《ま》きつけてしまった。
「わたし先生を殺すかもしれないことよ。殺しても飽き足りないくらいよ。」
 葉子はぎゅうぎゅう紐を締めた。
 庸三は笑っているような泣いているような、目も口も引き釣った葉子の顔を下からじっと見詰めながら笑っていた。
「ああいいよ、殺したって。」
 葉子は馬乗りになって、紐を少し緩《ゆる》めたり、強く締めたりしていたが、終いに庸三も呼吸が苦しくなって来たので、痛そうに顔を顰《しか》めて紐へ手をかけた。
 紐をゆるめて跳《は》ね返るまでには、半分は本気で半分は笑談《じょうだん》のような無言の争闘がしばらく続いたが、起きあがってみると、ぐったりとした吭笛《のどぶえ》のところは、手でさわったり唾《つば》を呑《の》みこんだりするたびに、腫物《はれもの》のような軽い痛みを感じた。
 葉子の目に、そこに憎みきれない狡獪《わるごす》い老人が、いくらか照れかくしに咽喉《のど》を撫《な》ぜ撫ぜ坐っていた。

      二十一

 じりじり暑い西日が、庭木の隙《すき》や葦簾《よしず》を洩れて、西だけしかあいていない陰鬱《いんうつ》な彼の書斎の畳に這《は》い拡がるなかにいて、庸三はしばらく葉子と離れて暮らしていた。社会面記事から惹《ひ》き起こされた二人の醜悪な心情から、その後もいろいろ傍系的な不快な事件がおこって、ある時などは二人立ちあがって、部屋中押しつ押されつして争ったこともあった。どんな場合にも彼は腕力は嫌《きら》いであったし、剛情とか片意地とかいった、相手を苛立《いらだ》たせるような、女性にありがちな気質上の欠点をもたない葉子のことなので、油紙に火がついたように捲《まく》し立てるとか、あまりにも人を侮辱したような行動に出《い》でない限り立ちあがって争うなぞということは、自発的にはできるはずもなかったが、揉《も》みくしゃにでもしてしまわなければ鬱憤《うっぷん》が晴れないように、ヒステリックに喰《く》ってかかられる場合には、その二つの腕を抑えて、じりじり壁に押しつけるくらいのことは仕方がなかったし、膝相撲《ひざずもう》でも取るように、組んず釈《ほぐ》れつして畳のうえをにじり這うこともやむをえなかった。
 それはある時彼女のたっての要請に応じて、一つの誓文を書かされた時であった。と言っても恋の起請《きしょう》誓紙といったような色っぽいものではなくて、今後一切彼女
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